渡辺教授監修
知りたい!今話題のストレッチ。
東京学芸大学の渡辺雅之教授に、
ストレッチについて教えていただきました。
渡辺雅之教授 WATANABE MASAYUKI
東京学芸大学教授
東京学芸大学付属竹早中学校長
一般社団法人ナンフェス代表理事
1953年生まれ。
永遠の卓球小僧。
スポーツ科学専攻。
ウルトラランニング愛好者。
地域づくり、子ども、国際交流、障がいのある方もない方もともにスポーツや食育で楽しく、を合言葉に活動中。
ストレッチは筋肉そのものに良い影響を与えます。
基本的に、筋肉をストレッチする、つまり他動的に引き延ばすことによって、筋肉そのものに良い影響を与えます。引き延ばされた筋肉とは、ただ伸ばされているだけではありません。もともと筋肉自身には自ら引き延ばす能力がありませんから、他動的に引き延ばされますと自身の状況、すなわち、筋肉自身の長さの状況を筋肉内のセンサー(筋紡錘と言います)を用いて察知してこれ以上長く引き延ばされると筋崩壊の危険を訴えはじめ、筋紡錘から知覚神経を介して中枢へ、脊髄において筋自身収縮すべしとの信号を発しさせて、自らは収縮しようとします。こうした神経筋活動の結果、筋収縮に伴う熱発生により筋温上昇が起こります。この上昇は体温上昇にも貢献します。そして、血流も活発化し始め、酸素や栄養源の流入、二酸化炭素や老廃物の除去が行われます。代謝が高まると言うことになります。
こうしてストレッチは、ただ単に筋肉が引き延ばされる状況ではなく、その内部では様々なことが生体反応として起こっていることが筋肉に対して有効なのです。
けがの予防
スポーツにけがは付き物なんて思っていませんか。ここでいうけがとは広い意味でのものです。ちょっとした痛みから、軽い捻挫、筋肉痛(たいていは後日現れる遅発性筋肉痛)、関節のとらえどころのないような痛み、靱帯損傷やアキレス腱断裂のような大けがまで広い範囲を考えています。こうしたけがはできれば予防したいものです。無理していなくとも、軽い運動でけがをしてしまうことがよくあります。それは、こうしたけががその時の身体の状態や動かし方だけから生じるのではなく、それまでの積み重ねによってじわじわと負担がため込まれた結果だと言えるからです。そうした負担状況を知らずにあまり身体のサインを気にしないで運動した結果、あれっ、というような感じで、しかも意外と重症のケースが多いようです。
ストレッチはまず身体の声を聞くことから始めましょう。ストレッチされている筋肉と会話してください。スムーズに伸びていますか?引っかかりや違和感はありませんか?痛みは?等と自信の身体の声を聞いているうちに、血流が盛んとなり、体温が上昇し、神経筋活動もじわじわと動き出してきて、筋肉自身はもちろんのこと、筋肉が骨につく所や関節周辺の靭帯も滑らかとなってきて運動する準備が整っていきます。
このような流れでストレッチをとらえられれば、けがの予防に大いに役立つことでしょう。おざなりにストレッチしてもけがの予防には効きません。
関節の可動域が広く、周辺の筋肉が身体を十分支えることができれば、けがをしにくいと言えるでしょう。逆に関節の可動域が狭く、周辺の筋肉が十分でも無理な姿勢や大きな力が加わればけがに結び付きやすいでしょう。
運動能力の向上
運動能力とは、自己の最大能力を出すもの、例えば、50m走のような疾走能力、背筋力等のような最大筋力、反復横とびのような敏捷的な動き、等の他に、相手があってそれとの駆け引きや戦術を要するもの、目的の所へ投げたり、打ったりするような巧みな技のための力発揮など、きわめて多様であることを念頭にまず置いてください。
ストレッチをすることによってこれらすべての運動能力の要素が向上するというわけではありません。
また、一度疲労した後に、またある運動能力を発揮しようという場合等実際の運動場面を想定しますと、いろいろな局面があることがわかります。
ストレッチはこうした場面を念頭においた場合に筋肉を良い状態にするだけでなく、筋肉を巧みにコントロールする神経系や関節角度を目的的に保ち、また、変化させる際の靭帯や筋肉の耐容力等に大きく貢献してくれます。
ストレッチをした場合としない場合とでコントロール力を競うようなもの、例えば、バスケットボールのフリースロー一つとっても差が出てきます。単にスムーズに運動ができるようになるだけでなく、神経系の活動が活性化しているのでたとえミスしても軌道修正が容易になる等効果的なのです。
市民マラソンで30km以降の辛い場面で脚の筋肉が硬くなってきた時など、勇気を持って立ち止まり、ストレッチするとまた走れるようになるものです。
疲労回復
たまの休みに仲間と野球大会など、楽しそうですね。もっとも野球よりサッカーの時代かもしれませんね。十分にウォーミングアップしたつもりでも、ゲーム中に脚がつったり、普段のツケが出ることもよくあります。寝ているさなかに脚がつったり、そして、最も有名なのが翌日以降にやってくる筋肉痛です。その名も遅発性筋肉痛。
運動が楽しかった分、この遅発性筋肉痛もしっかりとやってきます。歩くのもひいひい、階段の特に下りが辛かったり、笑うと痛くなる腹筋たち、こんな時だからこそ日頃の運動不足を反省するのがいいのですが、痛みが薄らぐとまた痛かった記憶もどこへやら。
そもそも運動とは筋肉を壊すものなんだ、ということを知ってください。ほどほどに壊すからタンパク質をとって、よく寝て、という養生の過程を経て筋肉は丈夫になってゆきます。だから、継続的な運動が必要なんですね。たまにしかやらないと毎度筋肉痛とのご対面となります。
運動したら必ず疲労しますから、疲労回復には休養が大切。それにはじっとしている静的な休養と軽く運動する動的な休養の二つのやり方があります。どちらも有効で重要なものです。ゆったりと好きな音楽を聴きながら、リラックスする静的な休養は精神面にも効果的です。動的な休養では、ストレッチが主役となります。散歩などの運動強度の低いものもいいですが、まずは何と言いましてもストレッチをゆっくりと時間をかけてやりましょう。
長い距離を走った後などにアフターケアもせずに寝てしまった場合、目覚めた時はからだじゅうが硬直していた経験があります。ゴール後まず脚を徹底的にアイシングしてやります。そして、ストレッチします。仲間と今日の走りを確認しながら。さらに、夕食後に寝る前にストレッチをまた入念に行います。痛みの酷いところにはアイシングや塗り薬も効果的です。こうしてから寝ることにします。翌日の状態がまったく違います。
市民マラソンなどのようにその日だけでレースが終わる場合と異なり、ウルトラランニング系の数日に渡る場合(1週間程度から数カ月に渡るものまで多彩にある)には、ゴール後のストレッチが何よりも重要なのでした。こんな経験はあまりできるものではありませんが、経験者こそストレッチのありがたさは身に沁みているものなのです。
リフレッシュ
一口に疲労といいましてもいろいろです。スポーツの後などのようなどちらかと言えば心地よいもの(この受け止め方は人によってかなり差があります)から、会議等に代表さえます長くて、じっとしていて、しかも気分もあまりよくないような雰囲気の時等がそうでしょう。
精神的な要素が強いと思われるような会議後の疲労をリフレッシュするには、気の合った仲間と打ち上げと称して一杯飲みに行くのは効果的です。ただ、飲みすぎてしまう傾向があるようですが。
そこで、ストレッチの登場です。会議後にすぐに飲みに行きたい気持ちをぐっと抑えて、まず、靴を脱いでストレッチしてみましょう。不思議なほど血液が体中をめぐっていくような感覚が湧いてきます。気持ちいいー、いや、超気持ちいい―、のです。
ストレスがたまったら、ストレッチしましょう。
リフレッシュとはまさにこのこと、ストレッチ後のビールはもっとおいしいことを知ってください。
アンチエイジング、美容への効果
アンチエイジングとは、ヒトは必ず老化してゆくものですが、その減衰曲線をできるだけゆるやかに、じわじわとできるだけ維持しながら、という願いを込めたものです。年齢より若く見えることが望ましいというわけではありません。年齢相応の美しさというのも認められねばなりません。そのような中で若々しく、元気よく過ごしたいものです。
では、どうすればよいのでしょうか。
アンチエイジングのためには、ストレッチが有効であると考えています。そのメカニズムはこうだと断定はできませんが、筋肉をストレッチすることによって、神経系の活動、血流の改善等皮膚へも含めた有効な刺激となっていると考えています。細胞は適度な刺激があれば代謝が活発となり、若々しい状態を維持できると考えられます。刺激がない状態では、代謝は低下して、細胞の活性は低くならざるをえません。
物質レベルで有効なものや害のあるもの等多くの成果が報告されていますが、まだまだ多様なものが次から次と出てくる以上、メカニズムも多様であったり、細胞自身の遺伝情報にも依存するところがあり、決定打は見出せません。いろいろなトライを積み重ねるしかないのかもしれません。
ストレッチを行うことによって得られる体感的な効果、メンタルな効果(意欲、関心、興味)、自身を振り返る哲学的効果(自分はこうあるべきである、等)などを、他人との比較なしで存分に分り合える時間がストレッチの時間ではないでしょうか。
これって、案外、「贅沢な時間の使い方かもしれません。こういう「贅沢」を満喫してみましょう。